猫伝染性腹膜炎について
猫伝染性腹膜炎(Feline infectious peritonitis:FIP)はFIPウイルス(FIPV)による致死性感染症です。
FIPVは猫コロナウイルス(FCoV)の2つの生物型の一つで、強毒型です。
もう一つの生物型は猫腸コロナウイルス(FECV)であり、こちらは腸炎(下痢)の原因とされています。
猫腸コロナウイルスの「生物型転換」によってFIPVが生じると考えられています。
飼育猫の40%未満が感染
FCoVは世界中で猫の集団内に広範に存在し、飼育猫の40%未満がFCoVに感染しているとされ、多頭飼育施設では猫コロナウイルスの感染率が90%以上になることもあるとされています。
猫コロナウイルス感染猫の約70%は一過性の感染に終わり糞便に排出されますが、10〜15%は持続感染となり、一部(最大10%)が 猫伝染性腹膜炎を発症します。
猫に感染した猫コロナウイルスは大腸の上皮細胞で増殖し、糞便と共に体外に排出され(トイレ、食器、ベッドなどは感染源となりうる)、他の猫に経口感染します。
糞便中に排泄された猫コロナウイルスが猫伝染性腹膜炎を起こすのではなく、一部の猫コロナウイルス感染猫の体内で遺伝子に変異が生じ、局所型から全身型の猫コロナウイルスとなります。
全身型猫コロナウイルスが必ずしも猫伝染性腹膜炎を発症するわけではありませんが、感染した単球/マクロファージが猫体内において様々な病変を誘発し、猫伝染性腹膜炎を誘発すると考えられています。
若齢、未去勢のオス、純血種などが猫伝染性腹膜炎を発症しやすいとの報告もありますが、猫伝染性腹膜炎を発症した猫の56.7%において、何らかのストレスが加わっていたことが確認されています。
ストレスの要因は、外科手術(避妊・去勢など)、ワクチン接種、胃腸炎、上部気道疾患、旅行/輸送/引越、新たな家族の同居などが挙げられています。
症状と診断
発熱、胸水または腹水(いわゆるwet type)、腹腔内腫瘤(腎臓や腸管に形成された化膿性肉芽腫、腸間膜リンパ節の腫大)、眼病変(ぶどう膜炎など)、中枢神経症状(痙攣、異常行動、運動失調、麻痺など)、皮膚病変(中毒性表皮壊死症)などの症状があらわれます。
血液検査では非再生性貧血、リンパ球減少、高グロブリン血症、低アルブミン血症、高ビリルビン血症、SAA(血清アミロイドA:炎症マーカー)の上昇などが認められます。
診断はFCovのRNAを検出する遺伝子検査(リアルタイムPCR)が様々なサンプルを用いて行われます。
胸腹水が貯留する滲出型(いわゆるwet type)では滲出液(胸水または腹水)が用いられ、非滲出型(いわゆるdry type)では腸管膜リンパ節のFNAサンプル(経皮的に針を刺して吸引したサンプル)を用いたPCR診断的意義が高いとされていますが、猫コロナウイルスの存在を検出する検査であって、猫伝染性腹膜炎ウイルスを検出する検査ではありません。
治療
猫伝染性腹膜炎は致死性感染症として長らく恐れられてきた疾患で、治療法のガイドラインも確立されていません。
猫伝染性腹膜炎はウイルス感染症であるとともに炎症性疾患でもあり、抗ウイルス薬と抗炎症薬の使用が望ましいと考えられています。
また、免疫賦活剤も研究されています。
抗ウイルス薬は近年様々な研究報告がありますが、現在、猫伝染性腹膜炎の治療を目的とした動物用医薬品は存在せず、他の動物用医薬品の適応外使用、人の医薬品の適用外使用または医薬品・動物用医薬品以外の未承認医薬品の使用のいずれかを実施する必要があり、非常に効果なものもあります。
GS-441524、レムデシビル(COVID-19治療薬。GS-441524のプロドラッグ)、モルヌピラビル(COVID-19治療薬)、GC376、インターフェロンω、高用量シクロスポリン(免疫抑制剤)、イトラコナゾール(抗真菌剤)などがこれにあたります。
このうち、米国で開発されたGS-441524とGC376は入手が困難ではありますが、猫伝染性腹膜炎に対して科学的に治療効果が証明されています。